日光金谷ホテルは、栃木県日光市上鉢石町に佇む、日本を代表するクラシックホテルです。1873年(明治6年)6月に開業し、現存する日本最古のリゾートホテルとして国内外に知られています。その歴史的価値から、本館・新館・別館などが登録有形文化財に登録され、さらに近代化産業遺産にも認定されています。現在は東武グループの一員として、伝統と格式を大切に守りながら、多くの旅行者を迎え続けています。
日光金谷ホテルの物語は、1871年(明治4年)にさかのぼります。日光東照宮の雅楽師であり笙奏者でもあった金谷善一郎は、宿泊先に困っていたヘボン博士を自宅に迎え入れました。この心温まるもてなしが評判を呼び、訪日外国人が次第に金谷家を訪れるようになります。
1873年(明治6年)、善一郎はヘボン博士の勧めを受け、自宅を改築して外国人向けの宿泊施設「金谷カッテージ・イン」を開業しました。これが現在の日光金谷ホテルの原点です。江戸時代の武家屋敷であった金谷家の住まいは、外国人客から「サムライ・ハウス」と呼ばれ、異国情緒あふれる滞在先として人気を集めました。
1893年(明治26年)、日光町上鉢石町にあった未完の「三角ホテル」を買収・改修し、正式に「金谷ホテル」として開業しました。本館は木造を基本とし、一部に日光特有の大谷石を用いた重厚な造りが特徴です。1936年(昭和11年)には地下を掘り下げ、総2階建てから総3階建てへと増築されるなど、時代に応じた改修が行われてきました。
1901年(明治34年)には木造2階建ての新館、1935年(昭和10年)には久米権九郎の設計による別館が新設され、1961年(昭和36年)には4階建ての第二新館も加わりました。これらの建物群は、それぞれの時代の建築技術と美意識を映し出し、ホテル全体が一つの歴史博物館のような趣を醸し出しています。
日光金谷ホテルには、時代と国境を超えた多くの著名人が宿泊してきました。明治期にはイザベラ・バードやエドワード・S・モース、アーネスト・フェノロサなど、日本文化を世界に紹介した人物が名を連ねます。大正から昭和にかけては、アルベルト・アインシュタイン、チャールズ・チャップリン、ヘレン・ケラーといった世界的な偉人が滞在しました。
また、日本からも夏目漱石、新渡戸稲造、白洲次郎、湯川秀樹などが訪れ、1957年(昭和32年)には昭和天皇・香淳皇后の行在所(宿泊所)としても利用されるなど、その格式の高さがうかがえます。
第二次世界大戦中の1943年以降、金谷ホテルは女子挺身隊や疎開者の宿舎として使用されました。終戦後の1945年にはGHQに接収され、米軍将兵のための休暇用ホテルとなります。館内ではダンスパーティーやビンゴ大会が開かれ、当時の異文化交流の場ともなりました。
1952年に接収が解除された後は、日本人客向けの経営へと大きく舵を切り、今日の観光ホテルとしての基盤を築いていきました。
かつての金谷カッテージ・インは、現在「金谷ホテル歴史館」として一般公開されています。江戸時代の武家屋敷建築を色濃く残す金谷侍屋敷と土蔵は、2014年に国の登録有形文化財に指定されました。
イザベラ・バードはこの屋敷について「こんなにも美しい部屋でなければよいのにと思うことしきりである」と記しており、当時の清潔さと美しさが高く評価されていたことが分かります。日本が西洋文化を受け入れ始めた明治初期、外国人を迎え入れた宿の姿を今に伝える、極めて貴重な文化遺産です。
日光金谷ホテルは、単なる宿泊施設ではなく、日本の近代観光史そのものを体感できる場所です。歴史的建築、豊かな自然、そして数々の偉人たちの足跡に触れながら過ごすひとときは、他では味わえない特別な旅の思い出となるでしょう。日光観光の際には、ぜひその長い歴史と格式を感じてみてはいかがでしょうか。