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きぶな

(黄鮒)

きぶな(黄鮒・黄ぶな)は、栃木県宇都宮市に古くから伝わる代表的な郷土玩具です。江戸時代より縁起物として親しまれてきた張り子人形で、鮮やかな黄色の胴体と愛らしい表情が特徴です。宇都宮を象徴する民芸品のひとつとして、現在も市民や観光客に広く知られています。

きぶなは単なる装飾品ではなく、病気平癒や無病息災を願う人々の思いが込められた存在です。宇都宮の歴史や信仰、暮らしの知恵が形となった郷土玩具であり、観光の視点から見ても、その背景にある物語性が大きな魅力となっています。

黄ぶな伝説と誕生の由来

きぶなの由来には、宇都宮に古くから伝わる有名な伝説があります。それは、江戸時代に天然痘が流行した際、田川で釣れた黄色い鮒を食べた人の病が治ったというものです。この出来事が人々の間で語り継がれ、「黄色い鮒には病を退ける力がある」と信じられるようになりました。

しかし、実際に黄色い鮒を釣ることは非常に難しかったため、人々はその代わりとして鮒の姿を模した張り子を作り、正月に軒下へ吊るしたり、神棚に供えたりするようになりました。こうして誕生したのが、現在のきぶなです。病除け・厄除けの縁起物として、宇都宮の人々の暮らしに深く根付いていきました。

きぶなの姿と色彩の意味

きぶなは、長さ約30センチほどの張り子で、細い竹竿に吊るされる形が一般的です。その色使いは非常に特徴的で、頭部は赤色、胴体は黄色、ひれは黒色、尾は緑色と、鮮やかでありながら素朴な配色となっています。

これらの色には、魔除けや生命力を象徴する意味が込められているとされ、見る人に明るく前向きな印象を与えます。ふっくらとした丸みのある姿は親しみやすく、子どもから大人まで幅広い世代に愛されてきました。

農家の副業としてのきぶな作り

かつて、きぶなは宇都宮市南新町を中心とした農家の副業として盛んに作られていました。農閑期の手仕事として受け継がれ、正月の初市に向けて多くの家庭で制作されていたといわれています。こうした背景から、きぶなは「暮らしの中で生まれた民芸品」としての性格を強く持っています。

しかし、時代の移り変わりとともに制作する人は次第に減少し、昭和初期には西原町の浅川仁太郎氏が最後の制作者となりました。浅川氏の死後、一時は制作が途絶えましたが、その後、ふくべ細工職人の小川昌信氏が伝統を引き継ぎ、現在に至るまで黄ぶなの文化を守り続けています。

きぶなの制作工程

きぶなの制作は、非常に手間と時間を要する伝統的な工程によって行われます。まず、木で作られた黄ぶなの型に和紙を丁寧に貼り重ね、約一日半かけてしっかりと乾燥させます。その後、腹部を切って中の木型を取り出し、切り口を和紙でふさぎます。

次に、ニカワを使ってひれを取り付け、再び乾燥させます。形を整えた後、胡粉を塗って下地を作り、さらに半日ほど乾燥させてから、赤や黄色などの絵の具で彩色します。このように、すべてが手作業で行われるため、一つひとつに微妙な表情の違いが生まれるのも、きぶなの魅力のひとつです。

初市と販売の風景

きぶなは、毎年1月11日に行われる宇都宮の初市で販売されることで知られています。かつては上河原の初市会場や宇都宮二荒山神社の参道に露店が並び、多くの人が新年の縁起物としてきぶなを買い求めました。

現在では、市内の物産店や観光施設などでも購入することができ、観光客がお土産として手に取る姿も多く見られます。張り子や土鈴のほか、ストラップやキーホルダーなど、現代の生活に合った形へと展開されています。

広がるきぶなの世界

近年、きぶなは郷土玩具の枠を超え、さまざまな分野で活用されています。黄ぶなを模した最中菓子や日本酒の銘柄、ご当地キャラクターとのコラボレーション商品など、その存在感は年々高まっています。

また、2002年には宇都宮市内を走るバスの愛称として「きぶな号」が採用され、2014年頃からは郷土を守る優しい怪獣「キブナドン」も登場しました。これらの取り組みは、伝統を守りながら新しい形で発信する試みとして注目されています。

観光資源としてのきぶな

本来、きぶなは正月に神棚へ供え、年の終わりに二荒山神社の冬渡祭で他の縁起物とともに焚き上げるものでした。しかし現在では、宇都宮を象徴する観光資源として、地域の魅力発信に大きな役割を果たしています。

きぶなは、病を乗り越えようとした人々の願いと、手仕事を大切にしてきた地域の歴史が詰まった存在です。宇都宮を訪れた際には、ぜひこの小さな郷土玩具に込められた物語にも目を向けてみてください。

Information

名称
きぶな
(黄鮒)

宇都宮

栃木県