旭町の大いちょうは、栃木県宇都宮市中央一丁目にそびえる、樹齢約400年と推定されるイチョウの巨木です。宇都宮城三の丸跡に位置し、古くから地域住民に愛されてきました。宇都宮市街が大きな被害を受けた宇都宮空襲にも耐え抜いたことから、今日では「宇都宮の復興の象徴」として多くの市民に親しまれています。
大いちょうが立つ場所は、かつて宇都宮城の三の丸と百間堀を隔てる土塁であり、現在も周囲より約3m高い地形が残っています。樹齢から考えると、江戸時代初期に宇都宮へ入封した本多正純が城下町を整備した頃に植えられた可能性が高く、宇都宮城釣天井事件が起きた17世紀前半にはすでに存在したと推測されています。
江戸から明治、大正、昭和、平成、令和へと続く長い年月の中で、大いちょうは度重なる災害や環境変化をくぐり抜けてきました。特に戊辰戦争の宇都宮城攻防戦では周囲が大きな被害を受け、大いちょうも被弾したと伝えられています。また、大正時代には害虫被害で枯死寸前となりましたが、地域による保護活動により命をつなぎました。
1945年(昭和20年)の宇都宮空襲では、市街地の約半分が焼失し、大いちょうも黒く焦げ、ほとんどの枝を失ってしまいました。市民の多くが「もう枯れてしまうだろう」と考えるほど深刻な状況でした。しかし、翌1946年の春、残されたわずかな枝から新芽が力強く芽吹き、焼け野原の中で再生の姿を示したことが、多くの市民に勇気と希望を与えました。
その後、地域住民によって「大いちょう保存会」が組織され、草刈りや落葉清掃などの保護活動が継続されています。世代を超えて語り継がれる大いちょうの歴史は、地域の大切な文化遺産となっています。
旭町の大いちょうは、宇都宮市指定天然記念物であり、市内でも特に著名な名木です。樹高33m、枝張りは東西10m、南北13mに及び、幹回りは6.2mと圧巻の存在感を誇ります。季節ごとに異なる姿を楽しめ、夏は青々とした葉が生い茂り、秋にはたくさんの銀杏が実ります。毎年、銀杏を拾いに訪れる市民も少なくありません。
宇都宮市の木が「イチョウ」である背景には、大いちょうの存在が大きく関係しています。1986年の市制90周年記念事業として行われた市民公募で、イチョウが圧倒的な票を集め、市の木に選ばれました。これは、大いちょうが市民にどれだけ親しまれているかを示す象徴的な出来事といえます。
また、大いちょうをモチーフにしたカクテル「ビッグツリー」が作られるなど、文化面でもその存在が活かされています。さらに、周囲を通る道路は「いちょう通り」と名付けられ、冬にはイルミネーションが施されるなど、四季を通して街の景観を彩っています。
近年では、小中学校による「大いちょうプロジェクト」が展開され、大いちょうの歴史を学びながら、採取した銀杏を育てて苗木を植樹する動きが広まっています。また、2011年の東日本大震災後には、大いちょう自体が「愉快市長」に任命され、市民を元気づける象徴として改めて注目を集めました。
旭町の大いちょうは、宇都宮の歴史と共に歩み続けてきた貴重な存在です。江戸時代から現代まで、災害や戦禍を乗り越え、今日も市街地の中心で圧倒的な姿を見せています。その生命力とたたずまいは、多くの人々に希望や安らぎを与え、まさに宇都宮の象徴と呼ぶにふさわしい名木です。訪れた際には、ぜひその力強さと温かさを感じてみてください。