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今宮神社(鹿沼市)

(いまみや じんじゃ)

今宮神社は、栃木県鹿沼市の中心部に鎮座する由緒ある神社で、鹿沼の町の歩みとともに歴史を刻んできました。市街地にありながら、境内に一歩足を踏み入れると、静けさと厳かな空気に包まれ、長い年月を経て受け継がれてきた信仰の重みを感じることができます。鹿沼市内三十四か町の氏神として、現在も多くの人々に親しまれ、地域の心の拠り所となっています。

創建と日光信仰との深い関わり

今宮神社の創建は延暦元年(782年)と伝えられています。大同年間(806~810年)には、日光三所大権現、すなわち現在の日光二荒山神社の神々を勧請したことから、今宮神社は日光二荒山神社の分社的な性格を持つ神社として位置づけられてきました。古くから日光山信仰の広がりとともに、鹿沼の地において重要な役割を果たしてきたことがうかがえます。

鹿沼城と城下町の鎮守として

戦国時代の天文3年(1535年)、壬生綱房が鹿沼城を築城した際、今宮神社は現在地に遷座され、城の鎮守として崇敬を集めました。当時は「今宮権現」と称され、政治と信仰の両面から城下町を支える存在でした。しかし、天正18年(1590年)の小田原合戦により壬生氏が滅亡すると、一時は荒廃の時期を迎えます。その後、鹿沼宿の整備とともに、今宮神社は宿場町の氏神として再建され、再び人々の信仰を集めるようになりました。

江戸時代の再興と社殿の整備

慶長13年(1608年)、徳川幕府より五十石の朱印地を拝領し、今宮神社は大きく整備されました。この時期に建立された権現造の社殿は、現在もその優美な姿をとどめており、栃木県指定有形文化財となっています。明治維新後の神仏分離により「今宮神社」と改称され、昭和6年には県社に昇格しました。戦後は宗教法人として、地域に根ざした信仰の場として今日まで守り伝えられています。

社殿の特徴と文化財

現在の本殿は延宝9年(1681年)に大工・斉藤宮春によって改築されたもので、近世初期の神社建築の特徴をよく残しています。また、弘化から嘉永期(1845~49年)には大規模な修復が行われ、唐門の新築や本殿の彫刻の追加など、より荘厳な姿へと整えられました。

唐門(栃木県指定有形文化財)

嘉永2年(1849年)に建てられた唐門は、欅材を用いた四脚門で、龍や鳳凰、唐獅子など精巧な彫刻が施された美しい建造物です。屋根は切妻造で銅板瓦棒葺となっており、軒唐破風の優雅な曲線が特徴的です。内部の鏡天井には、水墨画家・鈴木水雲が描いた迫力ある龍が躍動し、訪れる人々を圧倒します。

その他の文化財

今宮神社には以下のような文化財が伝わり、歴史と文化の豊かさを示しています。

鹿沼今宮神社祭の屋台行事

華やかな屋台行事

今宮神社を語るうえで欠かせないのが、例大祭に行われる「鹿沼今宮神社祭の屋台行事」です。この祭りは、江戸時代初期、雨乞いの霊験に感謝して始まったとされます。精緻な彫刻が施された豪華な屋台が市内を巡行する様子は圧巻で、国の重要無形民俗文化財に指定されています。そしてユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」の一つにも登録されている全国的にも貴重な祭礼です。例大祭は毎年10月に行われ、精巧な彫刻を施した豪華な屋台が街中を巡行します。

鹿沼秋まつりとして親しまれる祭礼

例大祭は毎年10月に行われ、通称「鹿沼秋まつり」として広く親しまれています。市内三十四か町のうち、屋台を有する二十七か町から、毎年およそ二十台の屋台が参加します。初日は、各町を出発した屋台が今宮神社へと繰り込み、神前で囃子を奉納します。夜には提灯に灯りが入り、幻想的な雰囲気の中で再び町へと繰り出していきます。二日目には神輿の渡御や屋台揃い曳きが行われ、町全体が祭り一色に染まります。

鹿沼観光の拠点としての今宮神社

今宮神社は、鹿沼市の中心部に位置し、観光の拠点としても訪れやすい場所にあります。歴史ある社殿や文化財を巡り、祭りの時期には活気あふれる屋台行事を楽しむことができます。新鹿沼駅から徒歩約15分というアクセスの良さも魅力で、鹿沼の歴史・文化・信仰を一度に感じられる貴重な観光スポットといえるでしょう。

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名称
今宮神社(鹿沼市)
(いまみや じんじゃ)

宇都宮

栃木県