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飛山城 史跡公園

(とびやまじょう しせき こうえん)

飛山城は、栃木県宇都宮市竹下町に位置する中世の城跡で、宇都宮氏の有力家臣であった芳賀氏が居城としていた場所です。13世紀末から16世紀にかけて約300年以上の歴史を刻み、さらに城の直下には平安時代前期(9世紀)の集落遺構が残るなど、複数の時代が重なり合う貴重な複合遺跡として知られています。現在は国の史跡に指定され、「飛山城史跡公園」として整備され、多くの人々が訪れる歴史公園として親しまれています。

飛山城の成り立ちと芳賀氏の活躍

飛山城は、鎌倉時代後期の永仁年間(1293~1298年)に芳賀高俊が築いたと伝えられます。芳賀氏は宇都宮氏の中心的な武士団であり、益子氏とともに「紀清両党」と呼ばれ、当時の下野国で大きな勢力を誇っていました。芳賀氏はこの飛山城を本拠とし、時には上野国や越後国で守護代を務めるなど、広い地域で活躍しました。

しかし南北朝時代には度重なる戦乱に巻き込まれ、南朝方の攻勢により落城したこともありました。戦国時代に入ると関東地方の覇権争いが激化し、飛山城は軍事拠点としての重要性を増し、弘治3年(1557年)には佐竹義昭の宇都宮城奪回作戦の前線基地として使用されました。

廃城に至るまでの歴史

天正18年(1590年)、豊臣秀吉による関東仕置により宇都宮氏の所領安堵が決定されましたが、同時に「いらざる城は破却せよ」との命が下されました。その対象に飛山城も含まれ、1597(慶長2)年に廃城となりました。その後長らく放置されていましたが、遺構が良好に残っていたことから1977年に国の史跡に指定され、2000年から整備が進められました。

城郭の特徴と遺構の魅力

自然の要害に築かれた堅固な城

飛山城は鬼怒川東岸の段丘を利用して築かれた平山城で、東西240m、南北420mという広い縄張りを持っています。北側と西側は高さ約25mの断崖となっており、鬼怒川とその支流が天然の防護壁となっていました。東側と南側には幅15m・深さ4mにも及ぶ二重の空堀と土塁が築かれ、戦国時代らしい堅固なつくりが特徴です。

城は7つの曲輪から構成され、北西部には主郭が置かれました。最北の曲輪には城主の居館があったと考えられています。

発掘調査で明らかになった平安時代の集落跡

飛山城跡の大きな特徴は、中世の城郭遺構の下から平安時代初期の集落跡が発見された点です。12棟の竪穴建物跡が見つかり、特に「烽家(とぶひや)」と書かれた墨書土器が出土したことは大きな発見でした。これは東日本にも狼煙台の施設があったことを示す貴重な資料で、当時の軍事通信網の存在を裏付けるものです。

飛山城史跡公園の見どころ

復元された中世の建物群

公園内には発掘結果に基づき、掘立柱建物・竪穴建物・木橋などが復元されています。これにより戦国期の飛山城の様子が具体的にイメージでき、歴史ファンだけでなく子ども連れの家族にも人気のスポットとなっています。

土塁登り体験

5カ所ある櫓台のうち、北東隅の櫓台が整備され、土塁登り体験が楽しめます。戦国時代の城郭の仕組みを実際に体感できる貴重な体験で、動きやすい靴で訪れるのがおすすめです。

季節の自然と眺望

6月下旬から7月中旬には紫陽花が見頃を迎え、城跡の風景に彩りを添えます。また展望広場からの眺めは素晴らしく、「関東の富士見百景」に選ばれるほど富士山の眺望が良いことでも知られています。

とびやま歴史体験館の楽しみ方

展示を通して知る飛山城の歴史

史跡公園に隣接するとびやま歴史体験館では、芳賀氏や宇都宮氏に関する資料、模型、出土品が展示され、飛山城の歴史を深く学ぶことができます。

体験プログラム

体験館では、以下のようなさまざまなプログラムが用意されています。

子どもから大人まで楽しめる内容で、歴史に触れながら学べる貴重な機会です。

まとめ

飛山城史跡公園は、中世の城郭と平安時代の集落跡が重なる日本でも珍しい史跡であり、歴史的価値の高い場所です。復元された建物や自然豊かな環境、体験館での学びなど、訪れるたびに新しい発見があります。歴史好きな方はもちろん、家族連れや散策を楽しみたい方にもおすすめの観光スポットです。

Information

名称
飛山城 史跡公園
(とびやまじょう しせき こうえん)

宇都宮

栃木県