高椅神社は、栃木県小山市に鎮座する由緒正しい神社で、栃木県内でも最古級の歴史を誇る式内社です。旧社格は県社であり、古代から朝廷や武家の崇敬を受けてきました。特に、主祭神である磐鹿六雁命(いわかむつかりのみこと)は「料理の祖神」「日本料理の始祖神」として知られ、全国の料理人や食に携わる人々から篤い信仰を集めています。
高椅神社の主祭神は磐鹿六雁命で、配祀神として国常立尊、天鏡尊、天萬尊、木花咲耶姫神、経津主神、高龗神、火産霊神、豊受比売神が祀られています。これらの神々は、国土生成、火と水、農業、食、武運などに関わる神々であり、暮らし全般を守護する神社として信仰されてきました。
磐鹿六雁命は『日本書紀』にも記される人物で、景行天皇の東国巡幸に随行し、白蛤と鰹を用いた料理を献上したところ大いに賞賛されたと伝えられています。この故事により、高椅神社は日本における料理信仰の中心的存在とされ、境内には料理人有志によって建立された庖丁塚も見られます。
社伝によると、高椅神社の起源は景行天皇41年(西暦111年)にさかのぼります。日本武尊が東征の際、この地で国常立尊・天鏡尊・天萬尊を勧請し、戦勝を祈願したことが始まりとされています。その後、天武天皇12年(684年)に、当地を治めていた磐鹿六雁命の末裔である高橋氏が祖神を合祀し、「高椅神社」と称するようになりました。
長元2年(1029年)には、境内で掘った井戸から大きな鯉が現れたという霊験があり、これを聞いた後一条天皇より「日本一社禁鯉宮」の勅額が下賜されました。以来、氏子の間では鯉を食さず、鯉にまつわる飾りや行事を避ける風習が続き、高椅神社は「鯉の明神」とも呼ばれるようになりました。
中世には下総国結城氏の保護を受け、結城政朝・政直・政勝・晴朝・秀康ら歴代城主からの寄進や祈願文が数多く残されています。特に結城秀康が越前福井へ移封された後も、代参による崇敬は明治維新まで続き、長きにわたり武家からの信仰を集めたことが分かります。
境内の楼門は、江戸時代中期の明和7年(1770年)に、結城城主水野氏の寄進によって再建されたものです。完成までに16年、延べ3909人もの人夫が動員されたと伝えられ、力強く安定感のある典型的な江戸中期建築として高く評価されています。現在は茅葺風の銅板葺き屋根となり、2017~2018年に大規模修復が行われました。
秋季例大祭で奉納される太々神楽は、小山市指定無形文化財で、古式ゆかしい舞が今も受け継がれています。また、夏越の祓に行われる茅の輪くぐりは、全国的にも珍しい四角形の茅の輪で知られ、参拝者の関心を集めています。
境内には「千年池」があり、6月には美しい蓮の花が咲き誇ります。静かな社叢と相まって、訪れる人に安らぎを与えてくれる風景は、高椅神社ならではの魅力です。
JR小山駅・思川駅から車で約25分、JR小金井駅から約15分、JR結城駅から約10分。市街地から少し離れた落ち着いた環境にあり、歴史と信仰に触れる観光に適した神社です。
高椅神社は、日本の食文化の源流と古代信仰を今に伝える貴重な存在です。小山市を訪れた際には、ぜひ足を運び、悠久の歴史と神聖な空気を体感してみてはいかがでしょうか。