栃木県 > 小山・栃木市 > 壬生寺

壬生寺

(みぶじ)

慈覚大師円仁誕生の地として知られる由緒ある天台宗寺院

壬生寺は、栃木県下都賀郡壬生町大師町に位置する、天台宗の歴史ある寺院です。山号を紫雲山(しうんざん)と称し、本尊には厄除けや開運の仏として信仰を集める不動明王をお祀りしています。当寺は、平安時代の高僧であり、日本仏教史に大きな足跡を残した慈覚大師円仁(じかくだいし えんにん)の誕生地として広く知られ、全国から多くの参拝者が訪れる由緒正しい聖地です。

慈覚大師円仁と壬生寺の深い関わり

慈覚大師円仁は、世界三大旅行記の一つとされる『入唐求法巡礼行記』を著したことで知られ、日本のみならず東アジアの仏教史に大きな影響を与えた人物です。壬生寺は、その円仁が誕生した地と伝えられ、誕生の聖跡として長い年月にわたり大切に守られてきました。

江戸時代の貞享3年(1686)には、日光輪王寺の門跡である天真親王の命により、当時の壬生城主・三浦壱岐守直次が大師堂を再建し、円仁ゆかりの地としての整備が進められました。この際、円仁が産湯を使ったと伝えられる「産湯の井戸」も改修されています。

産湯の井戸と安産祈願のパワースポット

境内に残る「円仁産湯の井戸」は、慈覚大師が誕生の際に使われたとされる由緒ある井戸です。この井戸の水をいただくと安産に恵まれると伝えられ、現在では安産祈願のパワースポットとして多くの参拝者から信仰を集めています。静かな境内で手を合わせると、心が穏やかになり、清らかな気に包まれるような感覚を覚えるでしょう。

歴史を刻む大師堂と本堂の歩み

幕末の文久2年(1862)には、大師一千年遠忌を迎え、大師堂の改修が行われました。さらに大正2年(1913)の大師1050年遠忌を機に、壬生町長を中心とした信徒による「壬生町信徒報恩会」が組織され、寺院としての体制が整えられていきます。

その後、東京・上野の寛永寺にあった天台宗学問所(旧勧学寮)を本堂として移築し、大正5年(1916)に現在の壬生寺が創立されました。この建物は江戸時代中期の貴重な建築であり、今もなお歴史の重みを感じさせます。

度重なる御遠忌と寺院の整備

昭和38年(1963)の大師1100年遠忌では、本堂・大師堂の大規模な改修が行われ、天台宗座主や輪王寺門跡を導師として盛大な法要が営まれました。翌年には、慈覚大師研究者として知られるライシャワー駐日大使が来院し、国内外から注目を集めました。

さらに平成25年(2013)には、大師堂と本堂の大改修が行われ、慈覚大師1150年御遠忌大法要が厳かに執り行われています。

二体の慈覚大師像と貴重な文化財

壬生寺には、時代の異なる二体の慈覚大師像が安置されています。一体は天和3年(1683)作の寄木造・彩色玉眼の像で、禁裏大仏師・左京入道勅法眼康祐によるものです。もう一体は天保15年(1844)作で、慈覚大師が中国から持ち帰った白檀の木から彫られた貴重な像と伝えられています。

県天然記念物「大イチョウ」と自然の力

境内には、樹齢400~500年と推定される高さ約22メートル、幹周り約5.1メートルの大イチョウがそびえ立っています。このイチョウは栃木県の天然記念物に指定され、近年ではパワースポットとしても人気を集めています。長い年月を生き抜いてきた姿は、訪れる人々を静かに見守り、力強い生命力を感じさせてくれます。

アクセス情報

壬生寺へは、東武宇都宮線・壬生駅から徒歩約20分、または北関東自動車道・壬生ICから車で約5分と、公共交通機関・自動車のどちらでも訪れやすい立地です。

歴史と信仰、そして自然の恵みが調和する壬生寺は、壬生町を代表する名刹として、今も多くの人々の心の拠り所となっています。

Information

名称
壬生寺
(みぶじ)

小山・栃木市

栃木県