栃木県東部に位置する益子町は、益子焼の産地として全国にその名を知られています。中心部から東へ車でおよそ10分。町内最高峰・標高533メートルの雨巻山(あままきさん)のふもとには、大羽(おおば)地区の穏やかな里山風景が広がります。田畑や果樹園が点在し、四季折々の自然に包まれたこの地に、ひっそりと佇むのが綱神社と摂社大倉神社です。
綱神社は建久5年(1194年)、鎌倉時代初期に宇都宮氏三代当主・宇都宮朝綱(ともつな)によって創建されました。朝綱は公田横領の疑いにより土佐国へ配流されましたが、土佐一宮である賀茂神社に帰国を祈願したところ早期に赦免されたと伝えられます。その報恩として賀茂神社をこの地に勧請し、創建したのが綱神社です。
かつてこの地には宇都宮氏の氏寺・尾羽寺がありましたが、現在は失われています。綱神社本殿は、その歴史の名残を今に伝える貴重な存在です。益子と笠間の両地域は、中世に宇都宮氏が治めた土地であり、日本遺産「かさましこ 〜兄弟産地が紡ぐ“焼き物語”〜」の構成文化財にも位置づけられています。焼き物の町として知られる益子の背景には、こうした中世の歴史が深く息づいているのです。
現在の綱神社本殿は、大永年間(1521~1528年)に再建されたもので、昭和25年(1950年)に国指定重要文化財となりました。形式は三間社流造、屋根は美しい曲線を描く茅葺きです。規模は大きくありませんが、その意匠と技法は室町時代建築の特色をよく表しています。
本殿は正面三間、側面一間の身舎をもち、前面に三間の向拝を備えています。身舎内部には十六角柱が用いられ、外部は円柱、向拝柱は面取角柱と、部位によって柱の形式を使い分けています。斗拱は三斗組で、両端は連三斗組とし、出組に皿斗を設けるなど、細部にまで高度な工夫が施されています。
懸魚や木鼻、向拝中柱上部の手挾には素朴で力強い彫刻が見られ、室町期特有の雄健な美しさが漂います。華美に走らず、端正で引き締まった佇まいは、武士の時代の気風を感じさせます。
綱神社の摂社である大倉神社は、大同2年(807年)創建と伝わる古社です。現存する本殿は大永7年(1527年)に建立された一間社流造、茅葺き屋根の建築で、綱神社本殿とともに国指定重要文化財に指定されています。
身舎は一間四面で、前面に一間の向拝を設けています。向拝柱は面取角柱、身舎は円柱で、内部は八角造りのまま残されています。斗拱は三斗組で、向拝中央には蟇股を備えています。小規模ながらも構造は端正で、室町時代建築の特徴がよく保存されています。
近年、多くの歴史的建造物が銅板葺きへと改修される中で、綱神社・大倉神社は今なお茅葺き屋根の姿を保っています。雨巻山の自然を背景に、長い石段を上った先に現れる社殿は、まるで中世の世界へ足を踏み入れたかのような趣を感じさせます。
特に大谷石の石段を登りきった瞬間、視界に入る茅葺き屋根の曲線は格別です。華やかさではなく、静謐さと素朴さの中に宿る美しさこそが、ここ最大の魅力といえるでしょう。
綱神社では、毎年秋の例祭において地元の子どもたちによる代々神楽が奉納されます。地域の中で世代を超えて継承されてきた伝統行事は、単なる観光資源ではなく、今も息づく信仰文化そのものです。
静かな里山に太鼓と笛の音が響く光景は、訪れる人々に深い感動を与えます。歴史的建造物と無形の文化が一体となっている点も、綱神社の大きな魅力です。
【電車】真岡鐵道「益子駅」よりタクシーで約15分
【バス】JR宇都宮駅より関東バス益子行き約70分「益子駅」下車、タクシー約15分
【高速バス】秋葉原駅より「関東やきものライナー」約2時間30分「益子駅」下車、タクシー約15分
【車】北関東自動車道 桜川筑西ICより約25分/真岡ICより約30分
益子は焼き物の町として知られていますが、その文化の背景には宇都宮氏の歴史と、綱神社をはじめとする中世の遺産があります。静かな里山に佇む茅葺きの社殿は、華やかな陶器市とは対照的な、もう一つの益子の魅力を伝えてくれます。
焼き物巡りとあわせて、ぜひ綱神社・大倉神社を訪れてみてください。そこには、時代を超えて守られてきた祈りと、日本建築の原風景が静かに息づいています。