真岡市久保講堂は、栃木県真岡市田町に位置する重要な芸術・文化施設です。昭和初期に美術評論家として活躍した久保貞次郎が、祖父・久保六平氏の傘寿(80歳)を記念して、旧真岡尋常高等小学校(現・真岡市立真岡小学校)へ寄贈した講堂として建設されました。建築設計は、帝国ホテルなどを手掛けた世界的建築家フランク・ロイド・ライトの弟子である遠藤新(えんどう あらた)が担当しており、現在では「真岡市久保講堂(旧真岡小学校久保講堂)」として国の登録有形文化財にも登録されています。
昭和12年(1937年)、真岡市在住の美術評論家・久保貞次郎氏が「祖父の傘寿を祝う記念として講堂を寄付したい」と申し出たことが、久保講堂の誕生のきっかけでした。翌13年に竣工し、建設費は当時の金額で4万8千円、現在の貨幣価値に換算すると1億円以上に相当する莫大な費用がすべて久保家から寄贈されました。
竣工後、真岡町議会は久保六平氏の胸像建設を計画しましたが、本人が強く辞退したため、施設名を「久保講堂」と名付けることで感謝を示しました。講堂では竣工を記念した「児童画公開審査会」が開かれ、「久保賞」の創設など、芸術教育の普及に向けた活動が積極的に行われました。
久保講堂は、遠藤新が手掛けた現存する3つの講堂作品のひとつであり、その中でも最大規模を誇ります。建物は木造切妻造2階建てで、桟瓦葺きの屋根、黄色味を帯びたモルタル外壁、そして左右対称の簡素で美しい外観が特徴です。
内部構造には、吹き抜け部分にキングポストトラス構造を取り入れた洋風建築の要素と、西側の脇桟敷には梁を用いた和風建築の技術が融合しています。また、世界的に有名な建築家フランク・ロイド・ライトの流れを汲むモダニズムデザインも随所に見られ、2階回廊やステージ脇の壁にはライト作品で多用されるトリム(額縁装飾)が施されています。
竣工当時、芳賀郡内には千人規模を収容できる施設がなかったため、久保講堂は地域の文化と教育の中心的存在となりました。真岡小学校の児童の体育活動、芸術作品展、戦没者慰霊祭、市議会など、さまざまな用途で利用され、多くの市民に愛される施設として長い歴史を重ねてきました。
久保貞次郎氏は、講堂の活動を通して地域の芸術文化を育み、戦中には卒業生約350名にカレーを振る舞うなど、子どもたちの心に寄り添う姿勢を貫きました。その功績は講堂とともに、今日まで大切に受け継がれています。
昭和50年代に入り、講堂の老朽化により取り壊しが検討されましたが、真岡小学校の卒業生を中心に「久保講堂をのこす会」が結成され、市民による広範な保存運動が展開されました。専門家の調査により「久保講堂は貴重な建築文化財であり、移築して保存すべき」と提言されたことを受け、昭和61年に現在の場所へ移築。総費用は約1億円にも上りました。
移築後は真岡市の芸術・文化活動の拠点として利用され、文化祭や美術展、書道展などが開催され、市民に親しまれています。平成9年には、栃木県内の建造物として初めて国の登録有形文化財に指定され、その価値が広く認められました。
現在の久保講堂は、美術展・写真展などを中心に、市民に開かれた文化芸術施設として活用されています。「真岡浪漫ひな飾り」の会場としても知られ、多くのひな人形やつるし雛が並ぶ華やかな展示は毎年多くの来訪者で賑わいます。
また、映画・ドラマ・ミュージックビデオの撮影地としても人気があり、乃木坂46の「いつかできるから今日できる」MV撮影にも使用されました。重厚感と温かみのある空間は、撮影現場としても高く評価されています。
真岡市久保講堂は、建築的価値はもちろん、地域文化の発展に貢献してきた重要な歴史遺産です。市民の思いによって守られ続けてきたこの講堂は、これからも真岡市の文化を発信し続ける貴重な場所として、多くの人々に愛され続けることでしょう。