栃木県真岡市荒町に位置する岡部記念館「金鈴荘」は、明治期の面影を色濃く残す歴史的建造物です。もともとは、地元で呉服商を営み、真岡の発展に大きく寄与した岡部家の別荘として建てられ、その後は割烹料理店としても利用されてきました。現在は真岡市が管理し、栃木県指定有形文化財(建造物)として無料公開され、多くの来館者を迎えています。
回遊式の日本庭園と、現在は採掘されていない貴重な地元石材磯山石を用いた石塀に囲まれた敷地は、街中にありながらも静謐な空気に包まれ、訪れる人を別世界へと誘います。
金鈴荘は、明治中期に岡部呉服店二代目の岡部久四郎氏(創業者から数えると三代目)によって建てられました。久四郎氏は、建築材料を長年にわたり自ら集め、出入りの大工や指物師を東京へ派遣して三年間修業させるなど、徹底したこだわりをもって建築に臨んだと伝えられています。完成までには実に十年余の歳月が費やされました。
建物は木造二階建ての土蔵造りで、北関東では珍しいなまこ壁を採用し、防火性と重厚感を兼ね備えています。これは、真岡木綿の取引によって財を成した岡部家の繁栄と、近代和風建築の粋を今に伝える貴重な建築様式といえるでしょう。
岡部家の歴史は、江戸時代後期にまでさかのぼります。初代・岡部松兵衛は、宇都宮の鈴木屋呉服店からのれん分けを受け、真岡の地で鈴木屋岡部呉服店を開業しました。特に注目されるのが、地元特産である真岡木綿の取り扱いです。
真岡木綿は「晒し」の技術に優れ、丈夫で高品質であったことから、江戸でも高い評価を受けていました。岡部家は鬼怒川の水運を活用し、真岡木綿を江戸へと送り出すことで商いを大きく発展させました。二代目以降の当主たちは、家業のみならず、道路建設や農場整備、農民救済、銀行設立などにも尽力し、真岡の近代化を支えた名家として知られています。
金鈴荘は、1952年(昭和27年)まで岡部家の別荘として使用され、接客や呉服の展示会場としても活用されていました。その後、1988年(昭和63年)6月までは割烹料理店「金鈴荘」として営業し、多くの人々に親しまれてきました。
閉店後の同年8月、真岡市が建物を借り受け、岡部記念館として保存・公開を開始しました。1989年にはNHK大河ドラマ『春日局』の放送に合わせ、「稲葉正成館」として利用され、真岡藩主・稲葉正成や大奥に関する展示が行われた時期もあります。その後は、建物そのものや室内の調度品、骨董品を見学できる文化施設として一般公開されるようになりました。
金鈴荘は文学史とも深い縁を持っています。白樺派を代表する作家・有島武郎の小説『或る女』に登場する主人公・早月葉子のモデルとされる佐々城信子が、後年この別荘で暮らしていたことが知られています。館内には、彼女が使用していたと伝えられる部屋も残されており、文学ファンにとっても見逃せない場所です。
金鈴荘の建物は、桁行約21メートル、梁間約12メートル、延床面積415平方メートルを誇ります。屋根は寄棟造の桟瓦葺で、東日本大震災で破損した瓦も、特注によって丁寧に復元されました。
内部の主室は一階中央にある17.5畳の座敷で、床の間には紫檀・黒檀・鉄刀木といった唐木が贅沢に用いられています。襖絵や屏風、掛軸などの書画骨董も、この地方にゆかりのある作家による作品が多く、文化財としての価値も非常に高いものです。
また、縁側のガラス戸には気泡が見られ、当時の古い製法を今に伝えています。庭園に面した廊下や座敷からは、四季折々に表情を変える回遊式日本庭園を楽しむことができ、静かな時間が流れます。
敷地面積は約3,300平方メートルに及び、そのうち約1,600平方メートルが回遊式日本庭園です。庭園内には小さな滝も設けられ、散策しながら自然の趣を感じることができます。周囲を囲む石塀には、現在は採掘されていない希少な磯山石が使われており、建物とともに地域の記憶を伝える重要な要素となっています。
岡部記念館「金鈴荘」は、現在、観光施設であると同時に、文化・コミュニティ施設としても活用されています。ひな飾り展や季節の催し、学生との協働イベントなどが開催され、市民と観光客が交流する場となっています。
また、その趣ある佇まいから、映画やテレビドラマのロケ地としても注目されており、映像作品を通じて全国に真岡の魅力を発信しています。2018年公開の映画『来る』や、ドラマ『エアガール』などの撮影にも使用されました。美しい和の空間は、作品の世界観を引き立てる魅力にあふれています。
岡部記念館「金鈴荘」は、真岡木綿によって栄えた商都・真岡の歴史、岡部家の気風、そして近代和風建築の美しさを一体で味わえる貴重な文化財です。庭園を眺めながら静かに佇めば、明治から昭和へと続く時代の息遣いが、今もなお感じられることでしょう。
真岡を訪れた際には、ぜひ足を運び、地域の歴史と文化の奥深さに触れてみてはいかがでしょうか。