足利市は、栃木県南西部に位置する市で、旧足利郡と旧群馬県山田郡の一部から成る地方拠点都市です。人口は約14万人で、栃木県内では第4位の規模を誇ります。1921年(大正10年)1月1日に市制施行を行い、2021年には市制施行100周年を迎えました。
古くは足利庄として栄え、清和源氏義家流・足利氏発祥の地としても知られています。また、フランシスコ・ザビエルは「坂東の大学」と呼び、ルイス・フロイスが日本全国で唯一の大学と記した足利学校があることでも有名です。
市内は織物業が盛んで、足利銘仙の産地として歴史があります。昭和後期から平成前期までは県南部で人口最多の市で、周辺の佐野市・栃木市・小山市とともに栃木県南部地方拠点都市地域の中心として発展しています。
足利市は、北部に足尾山地、南部に関東平野が広がり、中央部を渡良瀬川が流れる地形です。山地と平野の接点に位置しており、都市の景観に自然の変化が感じられます。市役所のある本城地区の海抜は34.54mで、群馬県前橋市から南東約35km、宇都宮市から南西約45kmに位置しています。
隣接する都市は、佐野市、桐生市、太田市、館林市などで、特に桐生市・太田市との経済的・文化的つながりが深く、県境を越えた交流が盛んです。
足利市の歴史は古く、下野国足利荘は清和源氏義家流・足利氏ゆかりの地で、平安時代末期には足利義兼が源頼朝の縁戚として鎌倉幕府の創設に尽力しました。鎌倉時代には足利尊氏が後醍醐天皇の討幕運動に参加し、室町時代には足利将軍家の本拠地として栄えました。
足利学校は、学生数約3000人と記録されるほど盛況で、室町時代には関東の文化の中心地として発展しました。足利義康の時代から絹の産地として知られ、近世・近代にかけて織物業が発達しています。
また、1947年(昭和22年)にはカスリーン台風による豪雨で渡良瀬川が氾濫し、市内一万戸のうち九千戸が水没する被害が発生しました。
足利学校は日本最古の学校で、学問の中心として室町時代から栄えました。2015年には「近世日本の教育遺産群-学ぶ心・礼節の本源-」として日本遺産に認定されています。
足利市ではトマトの栽培が盛んで、特にブランド名「あしかが美人」の麗容トマトは地元で人気があります。
足利市は歴史・文化・自然・グルメのすべてが揃った観光都市です。古くは足利氏ゆかりの地として栄え、足利学校や鑁阿寺などの歴史的建造物が点在しています。さらに、あしかがフラワーパークや各種美術館、祭事、グルメといった観光資源も豊富で、年間を通じて多くの観光客が訪れます。「東の京都」「北の鎌倉」と称される美しい街並みと歴史を体感できる足利市は、栃木県南部の観光の中心としてぜひ訪れたいスポットです。